2011年11月18日

は〜あと少し。

もう11月も下旬近くで、早いなあ(汗)。年齢が行くと時の流れが早くなるっていうけど、ことしはことのほか早い。東京行きとかはさんだし。目前の案内士2次試験なんかあっという間やろな。

ここ数年、なんか怖いくらいに「ツイて」いるように思う。別に目的もなく、金もかけずに気楽に英語を始めて(ホントにボケ予防のつもりだった。だいたい50歳なんて「シニア英語」の領域やろ(笑)。)英検1級合格。仕事に関していえば、あそこに転勤したいなあと思ってたポストにうまくはまって(けっこう狙ってる人が多い)、おおっとか思ってたら同じ年に行きたかった東京での研修にもいかせてもらえた。ここ5年連続正月は「大吉」だしなあ。

こんだけうまいこと回ってると来年以降ダダ下がりなんじゃないかと(汗)。

年度後半、さすがに仕事が忙しくなってきた。量的なものより、判断を迫られるタイプの。ずうっと忙しくアタマを動かさなくてはならないから、繁忙感が強い。ワシは残業せんしな。英語を読んでる間が「休息」みたいなもんだ。あまり小説を読もうという気にはならないけど、時事英語は毎日いちおう新聞読んでます。

つらつら考えるに、やはり英語は自分の本来の線ではない。趣味で楽しめばよい。「シニア英語」や(汗)。なので、本当に今回の案内士試験ですぱっと受かってケリつけたいもんだ。また英語がなんらかの実際の役に立つこともあるかもしれないけど、当分はなさそう。

あと少し。がんばろう。(と珍しくマジメ)




練習中。原曲はエミルー・ハリスの澄明な声と上手く絡み合っていて、シミジミするなあ。

Time is an ocean but it ends at the shore. You may not see me tomorrow....
posted by デンスケ at 07:17| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

通訳案内士2次試験の分析

2次試験、どんなことを訊かれるのか。2010年のCELの受験レポートからその傾向を分析してみた。アナライジングである。したところ、わりと一般的な問題が多いみたいである。んなにトリビアルな質問はないみたいだ。まあちょっとした話題に関する小ネタがあればいいんだろうけど。

パターン1
「〜について説明してください」
いわゆる日本的事象である。日本の気候や生け花、茶の湯とか。いきなり枯山水とはなんですか?とかいうふうなのではなくて、ごく一般的なこと。ちょっと対策のしようがない。考えられるのは、"〜 or ****, is a kind of〜"とかパターンを作ってあとは自力でがんばる。自分の体験とかが交えられたらいいんだろうな。このへんは思いつくのを自分で作っておいたほうがいいな。「茶の湯」なんかワシ、なにもしらないもん。「座禅」も。もちろん「生け花」も。

パターン2
「なぜ日本は〜が〜なのですか」
なぜ塾が多いのだとか、自動販売機がいっぱいあるのだとか。これもまあ英語力があれば十分なのだろうけど、それのないワシは答案練習するしかないな。これはパターン1に較べたらひな形が作りやすいような気がする。

パターン3
「〜のオススメのもの(名所、名物)を教えて下さい」
これはひな形さえつくれば、あとは適当に言葉を当てはめていけばいいからラクチンそうである。「京都でどこへ行けばいいですか」とか。漠然とした質問だから、インターアクトを交えたほうがよさそうだ。"What kind of things do you expect there ? Say, delicious foods, or tourist spots..." とか。デタラメいってもわからなさそうな気がするが・・・。

パターン4
「〜へ行くにはどうしたらいいですか」
なんか「ウィッキーさん」みたいだ。たとえばいま、梅田にいるとして、関西空港に行くにはってかんじ。なので「〜線に乗れ、どこどこで乗り換えろとか」って答える必要があるみたい。これはわかってさえいればむしろサービス問題だろうけど、知らない場合は往生するだろうな。まああんまり変なとこはいわないだろうが、大阪の主婦さんにとってはもっとも難問であるかも。英語力の問題ではないだけにシンドイもんがあるなあ。「大阪から小豆島に行くには」みたいな問題がでることを祈る。ワカランから「とりあえずタクシーに乗れ」じゃアカンねやろなあ。

問題はいったことに関して「それはなんですか」「なぜですか」とかがくっついてくることだな。なのであんまりよくわからないことをいうとヤブヘビかもしれない。

ということでパターン1、2を重点的にやってみることにする。パターン1は「銭湯」とかなら答えやすいが、知らないことがでてきたらやっかいそう。「んなこと知らんがな」とはいえんしな。

きょうは昼から休みを取って英会話喫茶へ行った。とりあえず、口ならしである。しかし喋れないなあ。まあしゃあないか。次回はもっと落ち着いて喋るようにしないといけない。優雅なマダムたちがいて楽しそうに「英会話」してる。いいなあ。ワシもそうやってみたい。ちょっと北朝鮮の話題になり、"I think North Korea is destined to be doomed....I don't know when it will happen, but not in the far future anyway." とか調子に乗って喋ってたら前半部分がわからなかったのか、「え、なに喋ったん?え?え?」とかしましい。話が続かん、ちゅうねん。しゃあないねんけど。

次はプライベートレッスンにしようっと。

posted by デンスケ at 20:29| Comment(4) | 通訳案内士試験 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月14日

悶絶しびれくらげ

記事タイトルだけど、意味はない。なんとなく思いついただけ。ハンドルネームによさそうと思うのだけど。

家に帰ったら、通訳案内士筆記試験「合格」の通知票がきていて、ひと安心。まさかとは思ったが、点数の数え間違いしていたとか、名前書いてなかったとかありえる話だし。大阪の主婦さんに申し訳が立った。まきこんだのはワシだしな。しかし合格者のファイル見ていて気が付いた。

明らかに免除組と一般組を分けてる。ワシは3900番台なのだが、ここの合格者は40人以上いる。合格率40%強で、全体の合格率から見ても突出して高い。英語免除組を固めてるとしか思えない。つーことは、受験番号で1級経由組かどうか丸わかり、ちゅうことですね。それがプラスかマイナスかはわからないけど。ということで、なにがなんだかとにかくやれるだけのことはやれっ、ちゅうことですね。

とにかく、英語がしゃべれなければ仕方がない。きょう会社で英語に興味もってそうなのをつかまえて英語で喋りかけたけど、???な反応である(当たり前か)。

「え〜なんですか」
"I've got to speak in English, 'cause I'm going to take an interview test at early next month"
「なんでまた」
"Don't ask me too much. All you got to do is to speak in English. Capice?"
「キャピスってなんですか?」
"It means....in Italian, "Do you understand?" or OK ?"
「状況にかなり無理があるんですが」
使えん奴だ。ノリでしゃべらんかい。

昼休み、ああでもないこうでもないと思いながら「招き猫」を英語でどういえばいいのかかんがえていた。
ガイジンさんには大人気の日本的アイテムであるらしい。"Lucky Cat"とかいって。え〜右手を上げてるのは「金運」を招き、左手は「客」だったかな。この知識をどう英語で言えばいいのか。

"If they(lucky cats) raise their right paw, it means to bring in economic fortune. If left paw, it means to invite guest or customer. So, in service industry, it presents business prosperity."
なんかめちゃくちゃな説明な気がするけど、こんなのでわかるのかなあ? はあ〜。



きのう丸一日かかって、この曲のコードが押えられるようになった。Em,C, G, Dで難しいのはないしな。しかしコードを押えてるだけなので、いっこうに曲らしくならない(涙)。はあ〜悶絶。

和書を1冊読んだ。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也・新潮社)amazonでの評価がものすごく高かったので、読んでみた。木村政彦は戦前〜戦後にかけて「最強」と謳われ柔道界では15年間、不敗だった柔道王である。昭和30年より少し前、日本のプロレス界が草創期にあったとき、相撲から転向した力道山とタッグを組んでシャープ兄弟と連戦したひと。

kimuramasahiko.jpg

で、このふたりは日本最強を賭け激突し、力道山の勝利に帰するわけであるけれども「昭和の巌流島」と呼ばれたこの戦いにはいろいろと謎が多い。プロレスってのは事前に「ブック」が決まっていて、後年木村政彦が明かしたところによると、「第1戦は力道山、第2戦は木村、第3戦はドロー」っていう筋書きだったらしい。ところが第1戦は筋書きどおりの勝敗ではあったものの、途中で力道山が「ブック破り」を行い本当のケンカみたいに攻撃したため、不意を衝かれた木村の歯は折れ瞼は切られ血だまりのなかで失神状態で敗北する。

予定の第2戦と3戦は行われず、勝者の力道山はプロレス王に、敗者の木村は歴史のなかに忘れられていく。二度と挑戦を受けなかった力道山を殺そうと木村は匕首を忍ばせて付狙っていたが、それは果たされぬまま力道山は不慮の死を迎え、木村は無念をのんだまま人生を送ってゆくーって話です。

問題のたたかい(力道山×木村政彦)


2:17あたりの木村の左足キックが急所にあたり、これに激昂した力道山が「キル・ストライク」(殺し合い)を仕掛けたってことになっているが、はたしてそうなのか。それまでまったりした雰囲気だったのが、急に殺伐とした戦いになる。というより、力道山が一方的に殴る蹴るで、木村がうろたえている様子がわかる。2:42のテンプルへの一打で木村は失神したらしい。あとは、まあ好き放題、街のケンカですな。

この戦いからおおよそ20年後、木村の母校、拓殖大柔道部出身の岩釣兼生(全日本選手権者)はG馬場率いる新日本プロレスに入団しG馬場に挑戦、セメント(真剣勝負)でKOし恨みを雪ごうとしたが、むろんそんな話を馬場が受けるわけはない。しかし馬場もびっくりしたろうな。馬場にはなにも関係ない話しだし。

筆者は柔道からの視点で書いているから、柔道を少しも知らないワシにはやや退屈な描写が多かったかな。

朝鮮からわたってきて、日本精神の具現化ともいうべき相撲に打ち込んでいた力道山が、日本の敗戦により一気に「戦勝国民」に。力道山の生活は派手になり傲慢な態度が出てくる。後年、ジストマを患い休場を余儀なくされたときに、誰も見舞いにもいかなかったそうだ。これを旧態依然として「差別」とかんじた力道山は大関を前に廃業、プロレスに。一方、敗戦は木村になんの変化ももたらさなかった。

この両者の差が、あの凄惨な結末に結びついたと筆者はいっている(ように思えたけど)が、はたしてどおうなのか。当事者はもちろん、関係者がほとんど物故しているいま、その真相は永遠に闇のなかなんだろうな。う〜ん、ちょっと自分が求めていたものとは違ったって感想です。
posted by デンスケ at 21:24| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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