2011年10月19日

アドリブでしゃべる

ワシはおしゃべりは苦手ではない。ただし、少人数のプライベートな状況ならば、て条件つきですが。
浅薄な知識を披露してる場合が多くて、こういうのを「サロンの馬鹿」っていうらしい。ううむ。

で。英検2次のスピーチであります。「んなもん、その場でお題渡されてすぐしゃべれるかいな。まあなんかテキトーにしゃべってたらええんヤロ」と高を括ってたら1回目56点。「う〜んあと4点かい。次で楽勝楽勝」で2回目57点。さすがに青くなったデ。さすがに「サロンの馬鹿」のワシも考えた。どうやったら合格点取れるのか。しかもアドリブ的要素が強いスピーチで。


アドリブといえば(モダン)ジャズであります。Jazz Giantsといわれてるひとらはどうやってアドリブを組み立てているのか。以下、後藤雅洋ってジャズ評論家の受け売り(本のタイトル忘れた)。サロンの馬鹿の真骨頂やの(汗)。

モダンジャズで一般的に時代のアイコンとされてる巨人は3人。チャーリー・パーカー、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン。ほかにもいっぱいいるけど、バッハ・モーツアルト・ベートーベンみたいなもんだと思われたい。ちなみにマイルスはパーカーの弟子筋、コルトレーンはマイルスに見出されたのであります。それぞれに特徴ある即興演奏を行ったんだけど、

チャーリー・パーカー。即興演奏を主体とするモダンジャズの創始者。極端なときには有名な曲のコード進行だけ借用して、元曲とは似ても似つかぬ演奏をやったりしてたらしい。このひとの即興演奏は本当に凄かったらしいけど、残された音源ではその凄さは伝わってこないんだとか。有名なヤク中、無責任一代男だったらしいが34歳かそこらで衰弱死した。



マイルス・デイビス。さすがにアドリブ一発勝負のチャーリー・パーカー流では行き詰るってことで、おおむね曲のラインに沿いながら、随所に光るアドリブを織り交ぜていって長く「ジャズの帝王」の長くほしいままにした。

"On Green Dolphine Street"


ジョン・コルトレーン。マイルスが提示した方法論をさらに進化させていったが最晩年には煮詰まりすぎてなんだかワケわからなくなっていった印象も。このひとのアドリブは延々とやたら長い。とにかくマジメなひとだったらしく、マジメすぎたのか40歳くらいで若死にした。



で、後藤氏はこの3人の即興演奏を結婚式のスピーチにたとえてこう書いている。

パーカーは、終始支離滅裂でもなにを適当にしゃべっても面白いタイプ。おもわず引き込まれる。マイルスはそんな才能はないけれど、全体の構成をかんがえそのなかにアドリブで面白い言葉を混ぜ込んでいくタイプ。コルトレーンはとにかくあれやこれやがんばるんだけど、なかなかオチにたどりつけず、スピーチが長くなるタイプ。

でですね。英検のスピーチとどう関係するかというとですね。「決めのセリフを用意しておく」ってことです。マイルス・デイビス流ですね。全体として平凡であっても、ピシっと決まれば引き締まるじゃないですか。そーかんがえたわけだ。

例えばですね、
・原理主義の行き過ぎは「理想主義の流産」
・全体主義を「全体主義はひとりの独裁者によるものではない。民主主義への疲労がそれを生み出す」
・政治への無関心を「政治を軽蔑するものは軽蔑に値する政治しかもつことができない」(これはトマス・マンの箴言ですが)
・「われわれが奈落を見つめるとき、奈落もまたわれわれを見つめているのだ」(これはニーチェ)

まーこういったアフォリズムみたいなのをさっとさらっておいて、スピーチの草稿を考えるときに適宜織り交ぜていくって方法でいかがでしょうかね。自分でかんがえたって、だいいち正解があるって問題ではないしね。他人の言葉であったって、印象付けてナンボの世界や。

マイルス・デイビスはアドリブの極意について訊かれて、さらっと「クリシェだよ」と答えている。
クリシェって「常套句」で否定的な意味合いで使われることが多いけど、こういったものでもうまく組合せば意外な効果を生む、っていいたかったんでしょうね。パーカーの常軌を逸した天才ぶりを見て「こんなのでけるかいな」と思い自分なりの方法論を模索していったんだろうな。

とまーえらそうに書いたけど、実際はそんな気の利いたのでてこなかったけどね(汗)。しかしこう「落ち」を用意していたらスピーチも組み立てやすいじゃないですか。精神安定剤みたいなもん。ワシは2次も独学で準備したから、あんまり全体の構成がどうとかかんがえられなかったしな〜。

1級持ってる人にいわせると、「小学生高学年でも受かってるから、内容は小学生の子がかんがえるようなことでいいんですよ。ただし、Pros&Consの形式がほとんどだから、どっちつかずはダメ」ってたな。スピーチの原稿を書いてもそれがずばりでると限らないし、ほとんどはムダに終わるかもだけど、思考訓練にはなるわな。ってわけでどんどん他人の言葉を利用して、準備しちゃいましょう(笑)。
posted by デンスケ at 05:44| Comment(8) | 英検その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月25日

英検1次攻略の考察

きのうネットで英検1次の発表があったらしい。今回はリスニングが聞き取りづらかったワリにボーダーが79点と高く、「エッセイで調整してるんじゃないか」なんて囁かれてますね。うーむ。ありえる話だ。ワシが2次通ったのは2009-3回なんだけど、2009年度の最終合格者数は2399人、その前年度は2400人。2400前後で調整してるとしか考えられん。エッセイやら面接なんて主観的な判断要因が入るし。

ブログを巡回してると、エッセイの判断基準がよくわからんとの声も。ワシの場合は非常に低いレベルでワカランのであって、だいいち得点が12点、10点という超安値安定である。2回目で1次をクリアしたのだけれど、ボーダーが81点という非常にやさしい回(2009-1)だった。エッセイ抜きで73点だったのでいくらなんでもいけただろ、と思ったけどフタをあけたら83点で通過で、けっこう冷汗ものだの。

なんせ1回目12点で、これはアカンと思い熟慮のうえ取ったエッセイ対策が、

「字をきれいに書く」

だったもんな。小学生か、できの悪い中学生並みの発想だ。それで点数落ちてるんだから話にならん。

それはさておき、ワシはわりかし早いこと1次くぐりぬけた。ラッキーだった。一部で「PB読んでたら1級通りました」なんていわれていて、それはまあそのとおりなんだけど(汗)、結果的には戦略が当ったといえるだろう。準1級をうかった(2007-3)あと、その得点パターンからワシの考えた対1級戦略は

・語彙     18点取る。
・読解     26点(全問正解)が必須。
・リスニング  20点確保。
・エッセイ   16点目標。

これで80点、なんとかいけるヤロ。1回目(2008-3)の結果は、20,26,19,12,計77点(ボーダー78)。
ほぼ予想どおりの得点でしたが、エッセイが誤算でした。語彙でapprehendをto be fearfulだと思い込み、原義のarrestをうっかりして1点落としたのがいまだに後悔される。

2回目は、22,26,25,10,計83点(ボーダー81)。語彙でちょっと上積みがあったのと、リスニングで思ったより取れたのが大きかった。この回は、読解・リスニングともやさしかったみたいだ。とにかく語彙と読解に偏重した得点分布であったが、通ってしまえばこっちのもんである。(そうは問屋が卸さなかったのは2次で痛感したが、それはまた別の話。)完全に独学だったので、なんとかなる語彙・読解で得点をしないとどうにもならん、という事情もあった。むしろそれが幸いしたのかもね。

んじゃあ、戦略はまあよかったとして個々の分野での学習上の戦術をどうやったかですね。

これがほとんどなんにもなかったんである(汗)。だから「PBを読んでただけ」なんだけど、いちおう英字新聞も読んだので、PBだけではなかったことを強調したい(大汗)。

語彙はいちおうやったけど、単語集を暗記するなんて方策は採らず。2回ほど分野別ターゲットの単語・イディオム編を試験直前にやっただけ。しかも1回目に受けたときで、2回目はやらず。

読解は英検サイトにあった過去問で試験形式確認しただけ。問題集やらず。

リスニングはちょろっとディクテやりかけたけど、時間がかかりすぎてちっとも進まないからいやになった。だいいち、通訳になるとかそんな野望はないんだから、んな厳しいことやらんでエエヤロと自分を納得させた。毎日podcastで海外ニュースを30分程度。

エッセイは問題外。まったく何もしなかった(汗)。低得点もやむなしである。だから、「字をきれいに書く」なんて低レベルの発想にいたるんでアリマス。いま英訳やってるからカンニンしてほしい。反省してます。

あえて学習戦術をいえば、「英文をいかに早く理解するか」の1点だけ。リスニングだって、考え方を変えれば「耳で聞く読解」である。要は入力デバイスが違う(目か耳か)だけである。

ワシはけっこう自分の方法論に対して確信を持っていたので、結果が出たときはうれしかったな。そりゃ、きちんと英作やらディクテとかやればいいのは分かってたけど、時間とやる気の問題である。やる気をなくさない程度に継続させることが大事だろうと思ったのだ。

前に茅ヶ崎の体験レッスンで「PBをもっぱら読んでました」というと、「じゃ、1級は語彙と読解中心で乗り切られたのですね」とあっさり指摘された。ワシはもっぱら生のアイテムを読んでたので、正直1級の単語がそんなに難しいとは思えなかった。読解もしかり。長文なんて文章自体は難しくない。ありゃ量があるのと選択肢の選び方にコツがあるので難しく見えるんだと思う。

なんで問題集やらなかったかというと、どんな問題が出るのかわからないし問題を解いたところで仕方ないだろ、と思ったからだ。簿記みたいにある種のパターンが確立してるんだったら問題ばっかりやるけどな。実際、簿記(2級だけど)はそうやって乗り切った。問題集で読解の練習というにはあまりにも量が少なすぎる。実際は疲れるのでキライ、って面がいちばんなんだけど。だから、世の中に問題集好きっていう人がいるのだ、と知ってかなりビックリ(笑)。

好きなことをやるのがいちばんだと思うので、問題集も大いに役に立つと思うけど、英検は合格/不合格のどっちかしかない。走り高跳びで2m跳ぶして、2m跳べてもバーにひっかかるでしょ。もう少し跳べなきゃだめなのだ。なので、問題集を超えたところが何かということを考えてやる必要があると思う。

と偉そうに書いてきたけど、まあ合格者の特権だと思うのでカンニンしてほしい。しかし、いま受けても絶対落ちるヤロな。それもまた確信してるのである(笑)。
posted by デンスケ at 08:21| Comment(7) | 英検その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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