2011年11月14日

悶絶しびれくらげ

記事タイトルだけど、意味はない。なんとなく思いついただけ。ハンドルネームによさそうと思うのだけど。

家に帰ったら、通訳案内士筆記試験「合格」の通知票がきていて、ひと安心。まさかとは思ったが、点数の数え間違いしていたとか、名前書いてなかったとかありえる話だし。大阪の主婦さんに申し訳が立った。まきこんだのはワシだしな。しかし合格者のファイル見ていて気が付いた。

明らかに免除組と一般組を分けてる。ワシは3900番台なのだが、ここの合格者は40人以上いる。合格率40%強で、全体の合格率から見ても突出して高い。英語免除組を固めてるとしか思えない。つーことは、受験番号で1級経由組かどうか丸わかり、ちゅうことですね。それがプラスかマイナスかはわからないけど。ということで、なにがなんだかとにかくやれるだけのことはやれっ、ちゅうことですね。

とにかく、英語がしゃべれなければ仕方がない。きょう会社で英語に興味もってそうなのをつかまえて英語で喋りかけたけど、???な反応である(当たり前か)。

「え〜なんですか」
"I've got to speak in English, 'cause I'm going to take an interview test at early next month"
「なんでまた」
"Don't ask me too much. All you got to do is to speak in English. Capice?"
「キャピスってなんですか?」
"It means....in Italian, "Do you understand?" or OK ?"
「状況にかなり無理があるんですが」
使えん奴だ。ノリでしゃべらんかい。

昼休み、ああでもないこうでもないと思いながら「招き猫」を英語でどういえばいいのかかんがえていた。
ガイジンさんには大人気の日本的アイテムであるらしい。"Lucky Cat"とかいって。え〜右手を上げてるのは「金運」を招き、左手は「客」だったかな。この知識をどう英語で言えばいいのか。

"If they(lucky cats) raise their right paw, it means to bring in economic fortune. If left paw, it means to invite guest or customer. So, in service industry, it presents business prosperity."
なんかめちゃくちゃな説明な気がするけど、こんなのでわかるのかなあ? はあ〜。



きのう丸一日かかって、この曲のコードが押えられるようになった。Em,C, G, Dで難しいのはないしな。しかしコードを押えてるだけなので、いっこうに曲らしくならない(涙)。はあ〜悶絶。

和書を1冊読んだ。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也・新潮社)amazonでの評価がものすごく高かったので、読んでみた。木村政彦は戦前〜戦後にかけて「最強」と謳われ柔道界では15年間、不敗だった柔道王である。昭和30年より少し前、日本のプロレス界が草創期にあったとき、相撲から転向した力道山とタッグを組んでシャープ兄弟と連戦したひと。

kimuramasahiko.jpg

で、このふたりは日本最強を賭け激突し、力道山の勝利に帰するわけであるけれども「昭和の巌流島」と呼ばれたこの戦いにはいろいろと謎が多い。プロレスってのは事前に「ブック」が決まっていて、後年木村政彦が明かしたところによると、「第1戦は力道山、第2戦は木村、第3戦はドロー」っていう筋書きだったらしい。ところが第1戦は筋書きどおりの勝敗ではあったものの、途中で力道山が「ブック破り」を行い本当のケンカみたいに攻撃したため、不意を衝かれた木村の歯は折れ瞼は切られ血だまりのなかで失神状態で敗北する。

予定の第2戦と3戦は行われず、勝者の力道山はプロレス王に、敗者の木村は歴史のなかに忘れられていく。二度と挑戦を受けなかった力道山を殺そうと木村は匕首を忍ばせて付狙っていたが、それは果たされぬまま力道山は不慮の死を迎え、木村は無念をのんだまま人生を送ってゆくーって話です。

問題のたたかい(力道山×木村政彦)


2:17あたりの木村の左足キックが急所にあたり、これに激昂した力道山が「キル・ストライク」(殺し合い)を仕掛けたってことになっているが、はたしてそうなのか。それまでまったりした雰囲気だったのが、急に殺伐とした戦いになる。というより、力道山が一方的に殴る蹴るで、木村がうろたえている様子がわかる。2:42のテンプルへの一打で木村は失神したらしい。あとは、まあ好き放題、街のケンカですな。

この戦いからおおよそ20年後、木村の母校、拓殖大柔道部出身の岩釣兼生(全日本選手権者)はG馬場率いる新日本プロレスに入団しG馬場に挑戦、セメント(真剣勝負)でKOし恨みを雪ごうとしたが、むろんそんな話を馬場が受けるわけはない。しかし馬場もびっくりしたろうな。馬場にはなにも関係ない話しだし。

筆者は柔道からの視点で書いているから、柔道を少しも知らないワシにはやや退屈な描写が多かったかな。

朝鮮からわたってきて、日本精神の具現化ともいうべき相撲に打ち込んでいた力道山が、日本の敗戦により一気に「戦勝国民」に。力道山の生活は派手になり傲慢な態度が出てくる。後年、ジストマを患い休場を余儀なくされたときに、誰も見舞いにもいかなかったそうだ。これを旧態依然として「差別」とかんじた力道山は大関を前に廃業、プロレスに。一方、敗戦は木村になんの変化ももたらさなかった。

この両者の差が、あの凄惨な結末に結びついたと筆者はいっている(ように思えたけど)が、はたしてどおうなのか。当事者はもちろん、関係者がほとんど物故しているいま、その真相は永遠に闇のなかなんだろうな。う〜ん、ちょっと自分が求めていたものとは違ったって感想です。
posted by デンスケ at 21:24| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月10日

Farewell,Smokin' Joe

ジョー・フレイジャーが亡くなりましたねえ。先日の北杜夫氏といい、年少時代に親しんだ名前がこういったかたちで出てくるのは寂寥感が強いですなあ。ワシは小学校から中学校に上がるころ激烈なプロレスファンだったので、「ゴング」という雑誌をずっと講読していた。ボクシングも併載されてたから、TVのボクシング放送もかかさず見ていた。

英字新聞もCNNも元ヘビー級世界チャンプの死というだけでなく、「20世紀のアイコン」がまたひとり、ってかんじの扱い。どれもこれもモハメド・アリとのかかわりであるけどー。60年代アメリカのポップカルチャーに非常に興味があるワシとしては「むむむ」と思うできごとでした。

アリが"I Ain't Got No Quarrel With The VietCong...No VietCong Ever Called Me Nigger.”と言い放ち兵役拒否→チャンピオン剥奪とボクシング界からの追放の間に王位を襲ったジョー。1971のこの二人の決戦は確か2月だったか、3月だったか。とにかく中学校上がる直前だった。熱烈なボクシングファンだった父はアリを応援していたので、不人気なジョーをワシは応援してました。で、アリを判定で下したジョーは「真のチャンプ」として君臨するわけで、当時は「歴代ヘビー級最強」みたいな扱いでしたなあ。

ジョーの不幸は、ここにジョージ・フォアマンが絡んでくることではなかったか。とにかく当時のフォアマンといえばなにか人間でないロボットのような不気味な強さでしたな・・・。

1973.1.22 世界ヘビー級タイトルマッチ フレイジャー×フォアマン


ひでー。「虐殺」というより「屠殺」ってかんじですな。2Rで6回ダウン。フリーノックダウンだったのか。しかしもっと早い段階で止めなくてよかったんかいな。魔神のような強さでそれこそ「歴代ヘビー級最強」の名を欲しいままにしていたフォアマンを「キンシャサの奇跡」で屠ったアリはその神話の頂点に達するのだけど、さらにジョーとアリの因縁は続くことになる。



「スリラー・イン・マニラ(1975.10.1)」でアリの王座にこんどは挑戦することになったフレイジャーだったけど、アリの口撃は執拗で残忍だった。「アンクルトム」「ゴリラ(マニラのrhyme)」と延々とジョーをからかい続ける。試合は壮絶な打ち合いの末、14R終了時になおも戦おうとするジョーをセコンドが制し、アリの勝利に帰するわけだけども、アリも「グローブを外してくれ、もう戦えない」とセコンドに懇願していたらしく、この二人の「運」というかなにか宿命じみたものをかんじる。しかしフレイジャーがなにをいってるのかサッパリ?なのだけど、誰かわかるひといますか。

非常に皮肉なことに、アリのボクシング界復帰を願い当時のニクソン大統領にまで面会し懇願していたのはほかなならぬジョーなのであって、盛り上げるためとはいえボロクソいわれ続けたのは気の毒すぎる。マニラの決戦前、ジョーの練習場に乱入したアリは"I'm Champ, You're Nothing"と言い放ったらしい。

アトランタ五輪の点灯式、最終点火者として現れたアリに全世界は涙したわけだけども、ジョーだけは
あいつは火の中に落ちりゃよかったんだよ
と超本音トークなのも、やむをえないというかうなずけるというかー。

ボクシングに関するエピソードはほんとに面白いの多いね〜。光と影というか。

アリの名言、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」は"Float like a butterfly, sting like a bee.” なん
ですね。danceじゃおかしいよなあ、そういわれれば。その他のアリの名言はここ。英語の勉強になるなあ。

しかし、いまのすこし肥えたアリはだれかに似てるなあと思ってたら、チャビー・チェッカー。似てると思うのワシだけかいな。
posted by デンスケ at 07:27| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

突撃!ワシの本棚

ヨネスケです、じゃなかったデンスケです。大阪の主婦さんが本棚晒せ、ちゅうことなのでいつもお世話になってるこちらとしては「コリはやらねば」ってことで本棚公開です。もっともワシの場合、本棚じゃなくてただのケースに突っ込んであるだけですけど。自分の部屋の本棚はめちゃくちゃなので非公開である。

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いきなりマンガばっかりである。お気に入りのだけは何度も読み直すので置いてるのである。水木しげる、諸星大二郎、谷口ジローが多いな。星野之宣はヨメハンが集めてた。「西遊妖猿伝」が双葉社〜潮出版〜講談社でそれぞれあるのは歴史をかんじさせるな。いったいいつ完結するんや(涙)。

洋書その1。
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マンガと違ってぐちゃぐちゃに突っ込んでるだけ(汗)。下に「のだめ」が並んでいるな。

洋書その2
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こっちもぐちゃぐちゃ。2列で突っ込んでるので後ろになにがあるのか。なんかAnn Tylerの本もあったりして(汗)。もう1個あるけど似たようなもんなんで省略。読み直すことはしないので、いつか処分せなあかんな〜。6年ほど前に家にある本は大粛清してマンガ以外残してないので、和書の類はちょっとしかない。粛清を免れた小説が「藤枝静男」というのも(汗)やな。

意外に思ったのは英語学習書がけっこうあったこと。いちおうやらねば、と思って買ったものと思われる。しかしやってないから全然記憶にない。あれですな、リスがどんぐりをせっせと土中に溜め込むみたいなもんか。リスは埋めたことを忘れるから、そこから発芽して森になるのだ。自然の営みやのう。うちの学習本もいつか発芽・・・したら困るな(笑)。

本棚の中に大伯父から貰った切手帳があった。伯父は戦前の神戸や上海で輸入商やってたから、世界から来た手紙の切手を置いておいたらしい。なんだか価値がよくわからないんだけど、ワイマール共和国時代の超インフレ時代の切手がある。インフレがひどくて、既成の切手に額面刷りなおしたちゅう世界史にでてくるあれである。上列、左から2つ目がそうやな。

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ギリシャは崩壊必至、ポルトガル・スペイン、あげくはイタリアもヤバイちゅうことで独立国同士で共通通貨ってのはやはり無理があるのかなあ。ユーロの行方に注目ですね。
posted by デンスケ at 07:07| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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