2010年05月11日

突然の贈りもの

といっても、ワシが誰かから何か貰ったということではありませぬ。
歌の題名です。

このあいだ新聞(英字ではない)を読んでいたら、昨年度の所得税の
歳入は1982年度なみの水準だとか。1982年度って、ワシが就職した年ですがな。
給料が10万あるかないかで、親元離れて一人暮らししてたからヒイヒイ
いってましたな。

そんな年の水準なんてかなり悲しいものがあるな。自分がサラリーマン
として過ごしてきた年月はなんだったのか。とまあ、年寄りじみたこと
をいってみたり。1982年なんて、ワシは大学のときから付き合ってた女の子に
ふられて、どうやって次を見つけるか、とかしか考えてなかったけど。

ナンとかの法則ってのがあって、年齢が行くと歳月の流れが速くなるとか。
そりゃ25歳までの5年間は生涯の1/5だけど、50歳なら1/10だもんな。

就職する少し前、竹内まりあがデビューして天王寺の野外音楽堂の
「春一番」コンサートに出演するとかで見に行った。そのころの竹内
まりあは人気絶頂だったLinda Ronstadtのコピーってかんじで、かなり
ブーイング浴びてた。「空にいっぱい飛んでる鳥は?・・コンドル!」
とか寂しいギャグをひとりでやってました。いまの(竹内まりあのセレブ
というか高級感?)からは想像できないだろうけど。

ワシはデビューアルバムを買ってたから、ちょっと気の毒に思ったな。
なかなかよい作品であったぞ。大貫妙子の「突然の贈り物」のカバーは
さらっとした歌い方ながら、意図せぬ色気があってよかったな。

竹内まりあのは見つからなかったので、本家の方を。



posted by デンスケ at 22:50| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
1982年…
その翌年にアタシは誕生しました(笑)
仕事落ち着いたらカラオケ行きましょねぇ(*^▽^)/★*☆♪

Tサンも一緒に☆
Posted by kai at 2010年05月12日 00:08
こんばんは、デンスケさん!

そんな法則があったんですかー。10才くらいの頃は一年が永遠のように感じましたからねえ(ブラッドベリの「何かが道をやって来る」とか、この永遠感いっぱいで大好きです)

82年、わたしは松原ミキちゃんにぞっこんでした。当時竹内マリアもそうでしょうが、歌謡曲路線でみんな売り出されて気の毒でした。松原ミキは歌うまかったのに、なんだかミスマッチな曲ばっかりで、結局曲書けないシンガーはなかなか浮かばれませんよねー。
Posted by Anchorsong at 2010年05月12日 00:24
kaiさん、おはようございます。コメントありがとうございます。

カラオケ〜☆ 行きたいなあ。おぢさんのソウルフルな歌声でヤングのハートをがっちりキャッチしちゃいますよ(笑)。

「三つで五百円」「ミッチー音頭」「いとしのマックス/マックス・ア・ゴーゴ」とか好きな曲練習しなければ。
Posted by でんすけ at 2010年05月12日 07:07
anchorsongさん、おはようございます。コメントありがとうございます。

子供の頃は長かったですね〜。夏休みはいっつもカブトムシ取りに行ってたようですが、ほんの2年か3年の経験だったりして。

竹内まりあは歌謡ポップアイドルで売り出されたのに不満で、ひきこもっちゃったらしいです。大卒だし、年齢的にいささかムリがあった気もしますが。曲が書けるしダンナも達郎だからできたのでしょうけどね。

うまいことやったのは男性ですが、稲垣潤一ですかね。あれくらい曲に恵まれてるシンガー(歌手ってかんじじゃない)もなかなかいない気もします。

あんまり関係ないですが、亡くなられた演歌歌手、青江美奈はデビュー当時、Jefferson Airplaneのヨーマ・カウコネンの大ファンで後に自分のレコードでもギター弾かせてるとか。サイケデリック・ロックの雄と「伊勢佐木町ブルース」はなかなか興味深い組合せです。
Posted by でんすけ at 2010年05月12日 07:20
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