2011年09月25日

フォークな気分

東京生活最後の休みとあってどこかへ出かけるかと思ったけど、どうにも怠くて一日だらだら。
ブックオフにいらない本を売りに行って、また2冊ほどマンガを買っただけ。ワシはビール飲みながらマンガを読んでるときがいちばん仕合わせ。この世の極楽であります。もともとインドア志向なのだ。300円になってた売れ残りの中華弁当食べながら、いそいそ読む。

一冊は、永島慎二の「黄色い涙」。ふっるいマンガだ。1974にNHKの銀河ドラマになった。2007にリメイクされて映画化された。1968〜69、東京の高円寺に住む売れないマンガ家のアパートに似たような作家や画家を目指す若者が転がり込んで、貧乏生活を送ってる。失恋や病気、別れを描いたいささか情緒過多ともいえる作品であります。青春マンガというやつですね。

小椋佳「海辺の恋」(NHKドラマ「黄色い涙」テーマ曲)


これはリアルタイムで見ていた。懐かしいなあ。貧乏な若者を描いているけど、決してそれは貧困ではない。石油ショックや円切り上げ、狂乱物価で決して経済が明るいといえる時代ではなかったけれど、なにかしら将来に希望が見える時代だったのかもしれないネ。そのころ高校1年で、自分もこんな自由な生活をしてみたいなあ、と思ってた。

しかし苦学する根性もなく、親が自宅からなら大学に行かせてくれる、ってのでそのまま大学に入り、親の望むサラリーマンになった。そのまま、大して仕事で苦労もせずにいまに至ってるんだけれども、両親が望んでたような人生を歩んでる。別に親孝行ではなくて、何にも考えてなかったし、シンドイことやめんどくさいことはイヤ(汗)。本当に根性なしだわ。まあ自己弁護をするなら、両親が当時としては遅い(37歳)のときの一人っ子だったので「ちゃんとした仕事に就きなさい」というのをマントラのように聞かされてたからなあ。

だけどこのマンガに描かれてるようなヴァカボンド的生活にはなんらかの憧れがあったんだろう。
高円寺や吉祥寺とか中央線沿線の地名を聞くと、自分ができなかった違った人生、なんてものを考えてみたりする。なんかの偶然でいま中央線沿線に滞在してるんだけど、東京の西部が70年代以降のサブカルチャーに果たした深甚たる影響というものを実感してるのであります。というわけで、きょうはなんとも平凡きわまる自分の人生を振り返ってシミジミと過ごしました。

もう一冊はさらに古いマンガで、平田弘史の「血だるま剣法」。60年代初めに貸本として発表されるも、内容が被差別部落の青年が剣で立身しようとするも分厚い壁にはばまれ復讐の鬼と化すってものだったから解放同盟の抗議を受け絶版、その後40年余封印されたまま2004に復刊されたというイワク付の作品。作品の存在は80年代半ばから知ってたけど、ようやく読むことができた。
血だるま剣法.jpg

ワシらの年代だと、部落関係というと「竹田の子守歌」や岡林信康の「チューリップのアップリケ」を思い出したりする(古っ)んだけど、ワシは70年代当時はフォークは嫌いだった。ロック小僧でしたから、フォークを聴くなんてもってのほかだったのだ(汗)。高校に入る頃、片岡義男の「僕はプレスリーが大好き」(名著)を読みものすごく影響された。そのおかげで洋楽から英語に親しんだから、そんなに大学に入るのに苦労せんかったな。なんか人生で必死こいて何かやった、ってのが記憶にない。なんかな〜。こんなノホホンと生きていてええんかいな?と思わなくはないが、いまさらなあ(笑)。

いまはロックの呪詛は解け、フォークも聴いたりする。若い頃はフォークを好きだったのかもしれないけど、それを認めたくなかったんだな(笑)。若者って人生経験がない分、教条的になりやすくStiffyな思考に陥りがちである。よく、「若い人の自由な発想で」と聞くけどそんなのは年寄りの詭弁であって、本当に自由な発想だと年寄りは反発するだろう。年寄りはずるいからな(苦笑)。



いい歌だなあ。しかし、フォークって「一人の道」(ピンク・ピクルス)やら「織江の歌」(山崎ハコ)とか聞いた後どよ〜んと気分が落ち込む曲が多いのも事実で、正直ちょっと苦手な部分も・・・。
posted by デンスケ at 21:35| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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