2011年09月06日

武蔵野散策(承前)〜ICU近辺

「太宰治サロン」で雰囲気に気圧され「三鷹ゆかりの文学者たち」という本というかパンフレットみたいなのを買ってしまったワシであるが、読んでみると案外面白くて儲けたかんじである。高村薫や吉村昭、川本三郎とかがエッセイを寄せている。発行は三鷹市なんだけど、大岡玲は
「個性があるというほどでもない、緑多き郊外の街」と書いていて、まあそのとおり。

三鷹関連で太宰治を別として、現在圧倒的に人気のある文学者といえば村上春樹になる(というか、いま圧倒的に人気がある文学者って村上春樹以外にいるのか)んだろうけど、ハルキといえば芦屋である。三鷹ってどっかにでてきたのかしらん?と思ったら「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」でICUがでてくるらしい。集中治療室ちゃいまっせ。国際基督教大学。なんせこのへん読んだのは80年代始めで記憶があやふや。んなとこあったのか(汗)。

三鷹から少し下ると調布市深大寺で、「水木しげる」関連。鬼太郎が「鬼太郎夜話」でビート族を脅迫して100万円をせしめたところである。深大寺は東京では浅草寺につぐ古刹だし、来年の案内士試験の一般常識で出るかもしれんぞ。少なくとも「ノルウェイの森のロケ地は」なんて問題よりよほどマシだと思う。深大寺は「深大寺そば」でも有名なので、三鷹からチャリでやってきたワシは昼飯に茶屋で「なめこおろしそば」を食べた。850円。不味くもないが美味くもない。深大寺自体はお参りせず。ここは「鬼太郎茶屋」もあったぞ。
なめこおろしそば.JPG

鬼太郎茶屋.JPG

で、帰るべえと東八通りまで北上(ここでまた三鷹市に戻る)、西へとチャリをこぎ出した。なかなか気分よくこいでいたのだけど、途中で「国際基督教大学 裏門」って交差点があった。ここで裏口入学でけるんかいな(汗)。地図を見たら、ICUってめちゃくちゃ広いのね。調べたら東京ドーム17個分だとか。甲子園なら9個くらい(笑)? 確か学生数は少ないはず。

ICU
ICU.jpg

ICUは「リベラル・アーツ・カレッジ」を志向しているらしい。全員に空手みたいなのを教えるんかいな。ちゃうちゃう、それは「マーシャルアーツ」やがな。「全寮制少人数教育を特徴とする四年制大学」なんだとか。ふううん。なので学生数少ないのね。ICUといえば英語教育で有名だけど、ワシは大学に入ってからその存在を知った。新島襄はリベラル・アーツ・カレッジの代表格、「アマースト大学」出身である。ひょっとしたら、同志社をそういうふうな学校にしたかったのかもだけどキリスト教と密接に結びついたリベラル・アーツ・カレッジは日本では無理やったんかもね。

で、ここで村上春樹の話に戻るけどなんでICUが小説中に出てきたかというと、どうも奥さん(高校の同級生)がICUに行っていたのと関連してるらしい。ワシもアウトサイダーながら英語自体には興味があるので、こんどの休みにでも図書館に行って仕事関連の英文文献でも探してやろうかと思ってたけど、一般公開してないらしい。残念〜。ぜんぜん関係ないけど、村上春樹はワシの隣の小学校卒業だ。それがどうした。あと、「羊をめぐる冒険」のラストで主人公が泣く「わずかに残された砂浜」ってのはワシも小学生くらいのときはよくチャリで出かけたとこで、ここは感情移入したなあ。

しかし広大なキャンパス(まったく建物とか外から見えない)を見ていてなんというか、日本の中の異国かいなってかんじ。アメリカの軍事基地がごく近所に存在していたのと決して無関係ではないような気がした。さらに帰りがけ国立市を通ったがやたら学生風の若いのが多い。一橋大があるからだった。こんなとこにあったんか。国立音大はよく「こくりつおんだい」と揶揄されるが、「国立」という地名は「立川」と「国分寺」の間にあるから一字ずつとった中央線の駅名がそのまま市名になったらしい。ええんか、そんなん(汗)。(国立音大自体は立川にあるらしい。甲子園大学が宝塚にあるようなもん?)

リベラル・アーツ・カレッジ形式といえば、ワシがいまいる研修所も入寮必須でこの形式を踏襲してるのかもね。近所の県でも通学はできない。きょう、長期間家を空けられない研修生(共働き主婦が中心らしい)が入校し、おばちゃんばっかりとはいえなんかちょっと華やかな雰囲気になった。

ながいこと女性と話してないので、うわずって「ぼ、僕とアバンチュールせえへんか」とステキな言葉をかけてしまいそうな悪寒(汗)。アバンチュールなんて通じるのか(大汗)。
posted by デンスケ at 20:46| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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