2011年09月10日

鎌倉で思ったこと

研修も半ばを過ぎ、後半戦。すでにバテバテのワシである。きょうは渋谷に洋書を買いに行こうと思ってたんだけど、よく考えれば来週再来週と3連休。そのころに鎌倉に行くと混雑してるであろう。というわけで、急遽予定を変更し鎌倉を訪なうこととした。一人なんで予定も何もないんだけど。

鎌倉といえば、関東の京都みたいなもんである。ガイド試験の文化史は奈良・京都・鎌倉を押さえておけばおおむねOKってかんじはするな。いちおうワシも鎌倉の文物は押さえていたつもりだったが、いざ試験が終わってしまうと、みんな忘れた。

行き方がよく分からない。横浜の向こうだったから横浜にいけばエエンヤロと八王子経由で横浜に出たけど青梅線ってのもある。なんかJRも複雑だし私鉄もわけわからず走ってるってかんじで、さすがは首都ですな。関西なんかホントにシンプルだもん。で、8時過ぎに出て10時過ぎ到着。けっこうかかるな。ちょっとびっくりしたのがJR鎌倉駅って意外と素朴というかなんというか。

よこっちょに江ノ電の乗り場があったので一日乗り放題の切符を買い乗り込む。う〜ん、どこまでいこうかな?ってことでまず江ノ島へ。いい天気である。稲村ヶ崎より向こう、海岸線沿いに進みいいかんじ。しかし遅い電車だ。歩くようなスピード。海岸線ではぼんぼん車に追い抜かされてゆく。

江ノ電。単線なので駅ですれ違うが、しかしホンマに住宅がキワキワに建ってる(汗)。
江ノ電1.JPG

江ノ島。
江ノ島.JPG

駅に着き、とことこ江ノ島を目指して歩いてゆく。ほんとにいい天気。さすがは「三国一の晴れ男」やのう、とご満悦。と、ここまではよかった。近くに見えても、案外遠い。しかも、暑い。橋の上は日陰もなく、江ノ島にたどり着いたときには汗だくでへろへろ。そこから展望台へいこうかとさらに狭い参道を上っていって、神社の入り口でもはやそれ以上行く気をなくした。エスカーとかいうエレベーターみたいなのもあったけど、もういいやってことで引き返す。帰りはさらにへろへろ。

食事はどこにしようかな?なんて行きがけには考えていたけど、もうどこでもええわいとその辺の食堂に。刺身定食食べたけど不味かったです。お隣に座ってた女の子二人は韓国からの旅行者だったみたい。しばし休息したので、こんどは鎌倉大仏を見に長谷まで江ノ電で戻る。電車の中は冷房がよく効いていて、思わずうたた寝してしまい危うく乗り過ごすところでした。

で、また駅から大仏(高徳院)まで歩き。大した距離でもないけど、容赦なく暑さが襲う。Tシャツを着ていったので首の後ろが焼け、よけいに疲れたみたいだ。やっぱポロシャツのほうがよかったか。んで、まあ200円払い大仏とご対面〜。

おおっ。立派な大仏さんではないか。奈良の大仏はデカイんだけど、建物の中にあるからあんまり全体がよく見えないんだけど、ここのは違うな。建物は600年くらい前に津波で流失したとかで、やっぱ津波って怖い。海面からの標高と津波の際の避難先とかの指示があり、う〜んと思ってしまうな。なんせ外海に面してるし。

「鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな」(与謝野晶子)
鎌倉大仏1.JPG

背中が開いてる。20円払って大仏の中に入ったが、あまり面白いもんでもなかった(汗)。
鎌倉大仏2.JPG

大仏はなかなかよかった。しかし暑さは絶好調である。もはや元気もなく、せめて鶴岡八幡宮でも見て帰ろうと鎌倉駅まで。そこからまた歩きである。これも大した距離ではないんだけど、もはや意地だけで歩いて行った。けっこう遠く感じられた。

鶴岡八幡宮.JPG

鳥居が見え、あれ神社だったのかと気がつく。「八幡宮」なんだから神社に決まってるんだけど、あんまりモノを考える余裕もなかった。折れた大銀杏のよこを最後の力を振り絞り登っていった。お参りは「二礼二拝で」と書いてある。なので本殿前は時間がかかって行列ができてたぞ。

んで何をお願いするでもなく賽銭放り込んでそそくさと帰途についた。帰りは湘南新宿ライナーとかいうので新宿経由で帰った。普通車なのに「グリーン車」があったぞ(笑)。2階建てになってる。むかしの近鉄の「ビスタカー」みたいだ。(いまでもあるのか?)新宿まで60分。しかし中央線が遅くさく、結局行きと時間的には変わらなかった。

んでですね。まだ1次を通るのやらどうやらわからず、通ったところで面接試験がある(ワシは英検の2次面接、3回受けた)ので苦難が予想されるんだけど、ワシはガイドとして根本的に欠けているものがある。

「体力がない」

案内していて、先にバテてしまってはお話にならんがな。ガイド試験、けっこうお年を召した方が多かったけどみんな大丈夫なんか(汗)。それともちょっと歩いただけでバテてしまうのはワシだけか(大汗)。
posted by デンスケ at 22:18| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月06日

武蔵野散策(承前)〜ICU近辺

「太宰治サロン」で雰囲気に気圧され「三鷹ゆかりの文学者たち」という本というかパンフレットみたいなのを買ってしまったワシであるが、読んでみると案外面白くて儲けたかんじである。高村薫や吉村昭、川本三郎とかがエッセイを寄せている。発行は三鷹市なんだけど、大岡玲は
「個性があるというほどでもない、緑多き郊外の街」と書いていて、まあそのとおり。

三鷹関連で太宰治を別として、現在圧倒的に人気のある文学者といえば村上春樹になる(というか、いま圧倒的に人気がある文学者って村上春樹以外にいるのか)んだろうけど、ハルキといえば芦屋である。三鷹ってどっかにでてきたのかしらん?と思ったら「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」でICUがでてくるらしい。集中治療室ちゃいまっせ。国際基督教大学。なんせこのへん読んだのは80年代始めで記憶があやふや。んなとこあったのか(汗)。

三鷹から少し下ると調布市深大寺で、「水木しげる」関連。鬼太郎が「鬼太郎夜話」でビート族を脅迫して100万円をせしめたところである。深大寺は東京では浅草寺につぐ古刹だし、来年の案内士試験の一般常識で出るかもしれんぞ。少なくとも「ノルウェイの森のロケ地は」なんて問題よりよほどマシだと思う。深大寺は「深大寺そば」でも有名なので、三鷹からチャリでやってきたワシは昼飯に茶屋で「なめこおろしそば」を食べた。850円。不味くもないが美味くもない。深大寺自体はお参りせず。ここは「鬼太郎茶屋」もあったぞ。
なめこおろしそば.JPG

鬼太郎茶屋.JPG

で、帰るべえと東八通りまで北上(ここでまた三鷹市に戻る)、西へとチャリをこぎ出した。なかなか気分よくこいでいたのだけど、途中で「国際基督教大学 裏門」って交差点があった。ここで裏口入学でけるんかいな(汗)。地図を見たら、ICUってめちゃくちゃ広いのね。調べたら東京ドーム17個分だとか。甲子園なら9個くらい(笑)? 確か学生数は少ないはず。

ICU
ICU.jpg

ICUは「リベラル・アーツ・カレッジ」を志向しているらしい。全員に空手みたいなのを教えるんかいな。ちゃうちゃう、それは「マーシャルアーツ」やがな。「全寮制少人数教育を特徴とする四年制大学」なんだとか。ふううん。なので学生数少ないのね。ICUといえば英語教育で有名だけど、ワシは大学に入ってからその存在を知った。新島襄はリベラル・アーツ・カレッジの代表格、「アマースト大学」出身である。ひょっとしたら、同志社をそういうふうな学校にしたかったのかもだけどキリスト教と密接に結びついたリベラル・アーツ・カレッジは日本では無理やったんかもね。

で、ここで村上春樹の話に戻るけどなんでICUが小説中に出てきたかというと、どうも奥さん(高校の同級生)がICUに行っていたのと関連してるらしい。ワシもアウトサイダーながら英語自体には興味があるので、こんどの休みにでも図書館に行って仕事関連の英文文献でも探してやろうかと思ってたけど、一般公開してないらしい。残念〜。ぜんぜん関係ないけど、村上春樹はワシの隣の小学校卒業だ。それがどうした。あと、「羊をめぐる冒険」のラストで主人公が泣く「わずかに残された砂浜」ってのはワシも小学生くらいのときはよくチャリで出かけたとこで、ここは感情移入したなあ。

しかし広大なキャンパス(まったく建物とか外から見えない)を見ていてなんというか、日本の中の異国かいなってかんじ。アメリカの軍事基地がごく近所に存在していたのと決して無関係ではないような気がした。さらに帰りがけ国立市を通ったがやたら学生風の若いのが多い。一橋大があるからだった。こんなとこにあったんか。国立音大はよく「こくりつおんだい」と揶揄されるが、「国立」という地名は「立川」と「国分寺」の間にあるから一字ずつとった中央線の駅名がそのまま市名になったらしい。ええんか、そんなん(汗)。(国立音大自体は立川にあるらしい。甲子園大学が宝塚にあるようなもん?)

リベラル・アーツ・カレッジ形式といえば、ワシがいまいる研修所も入寮必須でこの形式を踏襲してるのかもね。近所の県でも通学はできない。きょう、長期間家を空けられない研修生(共働き主婦が中心らしい)が入校し、おばちゃんばっかりとはいえなんかちょっと華やかな雰囲気になった。

ながいこと女性と話してないので、うわずって「ぼ、僕とアバンチュールせえへんか」とステキな言葉をかけてしまいそうな悪寒(汗)。アバンチュールなんて通じるのか(大汗)。
posted by デンスケ at 20:46| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

武蔵野散策〜鴎外と太宰の墓所

昨日は大荒れの天気で蟄居していたけど、きょうは照らず降らずの絶好の散策日和との予報。
昨日の分も取り戻すべえ、と朝も7時過ぎから張り切ってチャリンコ(研修所備品)に乗って武蔵野散策に繰り出したワシである。

予定は、玉川上水沿いに立川から三鷹まで。少し下って調布の深大寺。三鷹まで約18kmくらいだから、往復40kmってとこですかね。研修所から少し北上し、五日市街道を東へ。昔の街道筋なんだろうな、やたら大木が多い。

五日市街道.JPG

そういやこのへん一帯はトトロの舞台(のモデル)になったとこだ。なんかうなづけるなあ・・。

途中で玉川上水に合流。川というより水路。過保護な阪神間の河川を見なれていると、すごくワイルド。なかなか気持ちいいサイクリングコースなんだけど、途中で自転車道がなくなったりして慌てる。

玉川上水。両脇車道の住宅地である。なんかワイルド。
玉川上水.JPG

いまどきこんな郵便ポスト発見。
郵便ポスト.JPG

一路東へ向かって、やっとこさ三鷹駅前に。まだ9時過ぎ。マックでコーヒー飲んで、近くの「太宰治サロン」へ。まだ10時前で開いてなかった。三鷹は太宰治が戦時中に移り住み、山崎富栄と玉川上水で入水自殺した場所であります。なので「斜陽館」ほど有名ではなくても、太宰関連のモノがたくさん残されている。

太宰旧邸跡.JPG

チャリの斜め後ろへんが太宰治が住んでたとこらしいけど、普通の住宅地。当時を偲ばせるよすがは何もない。ってわけで、太宰の墓所へ。近くの禅林寺ってとこ。

太宰墓所.JPG

斜め向かいが森鴎外の墓。もともと都内にあったのが、関東大震災で改葬されたんだとか。太宰はこんなところで眠ってみたいと書いたので願いが叶えられたのだ。

ワシは別に太宰治の熱心なファンというわけでもない。ただ、高校時代の国語の先生が「ぼかぁ、太宰と酒、呑みましてねえ」っていってて、どういうこっちゃいと思ってたら太宰の墓の前で酒を呑んだってことらしかった。なんかそのことが印象に残っていたのだ。太宰の墓の前では「オリンポスの果実」という恋愛小説を書いた田中英光が服毒自殺している。こういった心的機制はワシにはよくワカランが、ファン心理といったものなんだろう。

森林太郎墓(森鴎外墓所)
森鴎外墓所2.JPG

森鴎外もなかなか面白い人である。軍医として最高の陸軍軍医総監まで上り詰めながら、「石見人、森林太郎として」永遠の眠りにつきたいとのことで「森林太郎墓」となんともそっけない墓所である。ふと、森茉莉(鴎外の長女。小説家)もここに葬られてるのかと思った。(調べてみたらそのようである。)

墓所から戻り、「太宰治サロン」へ。外から中がわからなかったのだけど、小さい。でも3人もスタッフがいて、お年寄りの方がワシを太宰ファンと思ったのかいろいろ解説してくれる。まあこんなとこまで来るくらいだから、ファンの端くれではあろうけど特に思い入れはない。なんかすっと出にくい雰囲気があってしかたなく「三鷹ゆかりの文学者たち」という本(500円)を買った。

で、太宰治が入水したと思われる場所へ。

太宰入水の地.JPG

なんの説明もなく、太宰の故郷青森県金木町から送られた石が置いてあるだけ。太宰と心中したのは山崎富栄という女性である。結婚後数日で夫が出征、そのまま未亡人となった彼女は太宰と三鷹の駅前のうどん屋で知り合う。「死ぬ気で恋愛してみないか」とくどかれた彼女はまもなく男女の仲へ。

山崎富栄。きれいな女性だ。
山崎富栄.jpg

太宰を死に追いやった女性として評判が悪く、実際「山崎富栄のような頭の悪い女性にひっかかって」と書いてある太宰の評伝を読んだことがあるが、これは太宰ファンのひいきの引き倒しだろう。慶応大学に学んだこともある、美容師の草分け的存在である。ただ、相当に思い詰める性格だったらしく、その日記の
「戦闘開始! 覚悟をしなければならない。私は先生を敬愛する」
「太宰さんが生きてゐる間は私も生きます。でもあの人は死ぬんですもの」
「修治さんはお弱いかたなので 貴女やわたしやその他の人達にまでおつくし出来ないのです わたしは修治さんが、好きなので ご一緒に死にます」
を読んでいるとなんとなく伺える気がする。

しかし、彼女の遺書は切ない。
「私ばかり幸せな死にかたをしてすみません。
奥名(※4年前に戦場で行方不明。新婚生活は12日間しかなかった)と少し長い生活ができて、愛情でも増えてきましたらこんな結果ともならずにすんだかもわかりません。
山崎の姓に返ってから(※まだ奥名籍だった)死にたいと願っていましたが・・・
骨は本当は太宰さんのお隣りにでも入れて頂ければ本望なのですけれど、それは余りにも虫のよい願いだと知っております」

山崎富栄は太宰のお隣に葬られることはなかった。ワシは太宰についてはさほどなにも思わないけど、この女性の最後の願いが叶えられなかったことはなんか来るものがあるな。ちょっと怖いけど、ワシは女性を惹き付ける何かはないので安心である(涙)。

このあと深大寺にいったけど、エエ加減長くなったのでまたこんど。
posted by デンスケ at 19:30| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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