2011年09月30日

ふたたび日常へ

みなさん、こんにちわでござる。ようやっと、研修が終わりました。はあ〜あ。長かったような短かったような。ゆうたところで1ヶ月半、大したことないようだけど44泊45日といえばなんか長いような気がする。家に帰ったのはガイド試験の1泊だけだしな。しかも夕方帰って翌朝には出発のあわただしさ。

ま、研修は研修として(ヲイヲイ)、違うところでたとえしばらくでも生活できたのは刺激的でした。
最初は東京の観光地めぐりしようかな?と思ってたけど、かんがえてみれば立川なんてもうたぶん一生行くことはないやろな、と思いあたり武蔵野周辺をくるくる。いいところですね。

そうかんがえるとなんだか感傷的な気分になってきたが、大阪の主婦さんに「内容がさみしくなってる」いわれてもた(汗)。明日からは、ガンガン英語を・・・せんやろな。なんせワシが英検1次とおったのって2年半前や(汗)。その後どれほど英語力が落ちているのか。まあボチボチやりまっさ。

校歌(毎朝流れるので憶えてしまった)に、「切磋琢磨の朝な夕」とあるが・・・

マジメな授業のディスカッション風景
授業風景.jpg
連夜、徹して行われたディスカッションの続き
切磋琢磨.jpg

いやあ、よく勉強しました。睡眠学習による部分が多かったですが。一か月半暮らした部屋を掃除して、ガランとなったのを見たら、やはり少しさびしいね。
一ヶ月ありがとう.jpg

卒業式はつつがなく終わり、昼から関西へ。さらばじゃ、研修所。
研修所.jpg

ユキヒョウの赤ちゃん(多摩動物公園)も・・・。
ゆきひょう.jpg
研修所のカルガモも・・・。
カルガモ.jpg
また機会があればお会いしましょう。ないやろけど。

特別サービス。この中にワシがいます。さてどれでしょう。
卒業写真.jpg

新大阪に着いたら、蒸し暑い。きょうだけなのかな。東京は爽やかな天気だったので落差が大きい。
この雨が去ったら、秋も本番らしいけど・・・。

駅に着いたらけっこう降ってた。どうしようかな?と思ったけどかまわず帰ることに。

家に着いたよ。


「ただいま〜!!」

posted by デンスケ at 18:08| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

フォークな気分

東京生活最後の休みとあってどこかへ出かけるかと思ったけど、どうにも怠くて一日だらだら。
ブックオフにいらない本を売りに行って、また2冊ほどマンガを買っただけ。ワシはビール飲みながらマンガを読んでるときがいちばん仕合わせ。この世の極楽であります。もともとインドア志向なのだ。300円になってた売れ残りの中華弁当食べながら、いそいそ読む。

一冊は、永島慎二の「黄色い涙」。ふっるいマンガだ。1974にNHKの銀河ドラマになった。2007にリメイクされて映画化された。1968〜69、東京の高円寺に住む売れないマンガ家のアパートに似たような作家や画家を目指す若者が転がり込んで、貧乏生活を送ってる。失恋や病気、別れを描いたいささか情緒過多ともいえる作品であります。青春マンガというやつですね。

小椋佳「海辺の恋」(NHKドラマ「黄色い涙」テーマ曲)


これはリアルタイムで見ていた。懐かしいなあ。貧乏な若者を描いているけど、決してそれは貧困ではない。石油ショックや円切り上げ、狂乱物価で決して経済が明るいといえる時代ではなかったけれど、なにかしら将来に希望が見える時代だったのかもしれないネ。そのころ高校1年で、自分もこんな自由な生活をしてみたいなあ、と思ってた。

しかし苦学する根性もなく、親が自宅からなら大学に行かせてくれる、ってのでそのまま大学に入り、親の望むサラリーマンになった。そのまま、大して仕事で苦労もせずにいまに至ってるんだけれども、両親が望んでたような人生を歩んでる。別に親孝行ではなくて、何にも考えてなかったし、シンドイことやめんどくさいことはイヤ(汗)。本当に根性なしだわ。まあ自己弁護をするなら、両親が当時としては遅い(37歳)のときの一人っ子だったので「ちゃんとした仕事に就きなさい」というのをマントラのように聞かされてたからなあ。

だけどこのマンガに描かれてるようなヴァカボンド的生活にはなんらかの憧れがあったんだろう。
高円寺や吉祥寺とか中央線沿線の地名を聞くと、自分ができなかった違った人生、なんてものを考えてみたりする。なんかの偶然でいま中央線沿線に滞在してるんだけど、東京の西部が70年代以降のサブカルチャーに果たした深甚たる影響というものを実感してるのであります。というわけで、きょうはなんとも平凡きわまる自分の人生を振り返ってシミジミと過ごしました。

もう一冊はさらに古いマンガで、平田弘史の「血だるま剣法」。60年代初めに貸本として発表されるも、内容が被差別部落の青年が剣で立身しようとするも分厚い壁にはばまれ復讐の鬼と化すってものだったから解放同盟の抗議を受け絶版、その後40年余封印されたまま2004に復刊されたというイワク付の作品。作品の存在は80年代半ばから知ってたけど、ようやく読むことができた。
血だるま剣法.jpg

ワシらの年代だと、部落関係というと「竹田の子守歌」や岡林信康の「チューリップのアップリケ」を思い出したりする(古っ)んだけど、ワシは70年代当時はフォークは嫌いだった。ロック小僧でしたから、フォークを聴くなんてもってのほかだったのだ(汗)。高校に入る頃、片岡義男の「僕はプレスリーが大好き」(名著)を読みものすごく影響された。そのおかげで洋楽から英語に親しんだから、そんなに大学に入るのに苦労せんかったな。なんか人生で必死こいて何かやった、ってのが記憶にない。なんかな〜。こんなノホホンと生きていてええんかいな?と思わなくはないが、いまさらなあ(笑)。

いまはロックの呪詛は解け、フォークも聴いたりする。若い頃はフォークを好きだったのかもしれないけど、それを認めたくなかったんだな(笑)。若者って人生経験がない分、教条的になりやすくStiffyな思考に陥りがちである。よく、「若い人の自由な発想で」と聞くけどそんなのは年寄りの詭弁であって、本当に自由な発想だと年寄りは反発するだろう。年寄りはずるいからな(苦笑)。



いい歌だなあ。しかし、フォークって「一人の道」(ピンク・ピクルス)やら「織江の歌」(山崎ハコ)とか聞いた後どよ〜んと気分が落ち込む曲が多いのも事実で、正直ちょっと苦手な部分も・・・。
posted by デンスケ at 21:35| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月24日

おみやげ、おみやげ

3連休。研修最後の休日なので会社と知り合いにお土産買いにあっちこっち出歩いたワシである。
何も遊びにいってたわけじゃないので出張ではお土産イランやろ、という昨今の風潮だけど、ワシの場合微妙やの。遊んでたワケじゃないけど、仕事してないもんな。しかし1ヶ月半は長いデ、という皆の意見。腰を据えてやるには短く、かといって3週間くらいが集中力の限界のように思える。

さて、ヨメハン用。昨日、横浜元町の本店に出向き、キタムラのバッグにした。

おみやげ.JPG

折しもセール中で2割引。すげえ人出。西宮の十日戎のようだ。どんなのがいいのかわからないので、小さめのごく普通のにしておいた。張り込んで高いのにしても気に入らなければどないもならん。リスクテイキングちゅう奴である。手前のアクセサリーは中華街で買った魔除け。1個50円(笑)。ワシとヨメハンとチビダックスに1こずつ。しかし中華街はすごい人だった。どこの店も行列ばっかり。中華料理は神戸でも美味しいの食べられるから、ワシは並んでまで食べようとは思わんかった。しかし南京町の豚まん屋はいつも人が並んでるけど、そんなにおいしいかな〜?普通にどこでも食べられると思うけど。しかし実際には並んで買おうとは思わないんで、食べたことがない(笑)。繰り出される「甘栗ドデスカ」攻撃をかわしつつ、JRで東京へ。

横浜から浅草まで出て、お餞別やら貰ったひと用に日本手ぬぐい。小さいのも買っておいた。写真に写ってるの。浅草はいつもすごい人出なので、あまり印象が変わらなかったけど、上野のアメ横はごっつい混みよう。まるで西宮の十日戎のいちばん混んでるときのようだ(比較がワンパターンだけど、ワシはあまり普段混んでるとこは出歩かないのでそれくらいしか思い当たらない)。しかし中国人多いなあ。そこかしこで中国語が聞こえてくる。ぱっと見が日本人と変わらないからわからないけど。ヨーロッパ系・アメリカ系も多い。原発事故で外国人観光客が激減したと聞くが、いまはどうなんかな。

浅草寺で猿回しやってた。実物見るのは何十年ぶりかな。
猿回し.JPG

きょうはいいお天気だったのでチャリンコでぶらぶら。立川にアメリカ村という一角があるのを思い出したので行ってみた。立川は米軍基地があったので、米兵及びその家族向けにいわゆる米軍ハウスつうのがあって、それがいまでも残されてるところがあるらしい。フツーの住宅街を抜けていくと、なんか異質な空間。

ハウス1.JPG

管理事務所があったので、芝生は一括で刈り込んでるんだろう。ずいぶん空き家も多いみたいだったけど、家賃いくらくらいするのかな。米軍ハウスは福生や狭山にもあって、昔はアート系志向の日本人がたくさん住んでたらしい。村上龍や忌野清志郎、はっぴいえんどの面々。立川のはマイク真木が住んでたらしいけど。

わんこがつながれてた。
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天気がいいのでそのままぷらぷら福生まで。お菓子をついでに買って帰った。(シルフさんの意見に従ったんだけど、おいしいケーキなんてどこでも手に入るしなあ。まあここでしか買えないようなのにしておきました。)帰りにアメリカ村を通ったら、つながれてたわんこが外国人の女性と車でお出かけするとこだった。


いまいる研修所は元米軍基地の跡地だから、やたら人工的な空間。道は広いし、わざとかなんか知らないけど、駅の北側に広大な国有地の空き地が広がってる。近くに自衛隊の演習場もあるけどこれがまたえらく広い。隣接する道路も長い直線で、真ん中の緑地帯をはがしたら滑走路になりそう。アウトバーンかい。

自衛隊演習地.JPG

このへんの道路やら、東八道路や五日市街道は「震災時には通行止めになります」って表示があって、たぶんここの自衛隊演習場やら横田基地へのアクセスを確保するためなんだろう。東京に大震災が発生したらこの辺がとりあえずの暫定首都機能を果たすべきとこになってると推定。ないのに越したことはないけど、今年のことを思うとやはり大事なことだよなあ。と思った3連休中日。金欠で明日はどうしよう・・・。
posted by デンスケ at 21:49| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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