2011年04月11日

Daily Yomiuriの記事から

どうも季節はずれのインフルにやられたらしく、土日は家でダウン。きょうも本当なら休みたいところだけど、どうしても外せない会議があって午前出勤。熱は下がったのでシンドくはないですが、洟ズルズルでティッシュを鼻の穴に詰めて仕事できるわけでもなく、他の人にうつす危険性もあるので昼から早引けした次第。

つーわけで英語ネタとてないのですが、いちおう毎日(文字通り)眺めてるDailyYomiuriの記事から。

1.Jackie RobinsonとRoy Campanella

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ジャッキー・ロビンソンは史上初の黒人メジャーリーガーとして有名で、あまり野球に詳しくないひとですらその名前は知ってるんではなかろうか。ワシも高校生のとき教科書でならったぞ。その後次々と黒人MLBプレイヤーが誕生するわけですが、ジャッキーの次に大リーグ入りした黒人選手を知っておるかね。Laly Doby(ラリー・ドビー)という選手だ。んでもって、メジャー初の黒人投手Don Newcombe(ドン・ニューカム)とそろって1962年に中日ドラゴンズでプレーしてるのだ。ロートルもええとこで大した活躍はしなかったらしいですが、還暦すぎた野球ファンなら憶えてるかもしれないね。ワシはさすがに憶えてない。

ジャッキーが様々な辱めを受けながら実力でメジャーリーガーとしての地位を築いていったのはあまりにも有名ですな。ワシもフィクションではあるが"Double Play"つうロバート・パーカーの小説を読みましたです。で、ジャッキーに続く選手のなかで出色なのがRoy Campanellaという捕手で、10年間の選手生活のうちで3回MVP受賞。1957オフに交通事故で下半身不随となるまでドジャーズの看板選手だった。

で、ジャッキーとキャンパネラがともに黒人選手の権利拡大に向けて手を取り合って邁進したか、というとそうでもなかったらしい。ふたりの確執の詳細は元の記事を見ていただくとして、面白かったのは

Jackie was an infielder, but Campy was a catcher, the team’s field general, and he worried about offending white teammates, particularly the pitchers. “A catcher,” he once explained “has to make people like him no matter what. . . . I had to make everyone on the team work with me.”

この記事は"Campy"というキャンパネラの評伝の書評であります。ちょっと読んでみたいね。キャンパネラは黒人解放運動の先頭には立たなかったものの、下半身不随になってからは障害者の権利拡大のためにずいぶんと尽力したらしい。彼の背番号39はドジャーズの永久欠番で、日本でも39番はなんとなくキャッチャーの番号であることが多いですよね。

2.危うしTasmania Devil

tasmaniadevil.jpg

これはけさの紙面に載ってたんだけど、タスマニア・デビルが絶滅の危機に瀕してるらしい。ワシはオーストラリアに行ったとき動物園で見たんだけど、妙にアタマのでかい愛嬌があるんだかないんだかわからん珍妙な動物でした。で、野生のデビルに「伝染性の腫瘍」が蔓延していて、9割がやられたんだとか。つうことでやられてないデビルを隔離するのにおおわらわって記事です。元ネタはここ

かつてオーストラリア最悪の害獣として嫌悪されていたタスマニア・デビルだけど、その実態はというと
"Their so-called hunting skills? Their eyesight goes to about 4 or 5 feet," he said. "Agility? They run like they're injured." Their top speed is about 9 mph.
ふーん。なんとか絶滅をまぬがれてほしいもんであります。

3.Bryan Ferry、「深刻な病気」で病院に運び込まれる

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これはDailyYomiuriの記事じゃないですけど(笑)。ま、すでに退院してるらしいですけどね。記事はこのへんとかこのへん

ブライアン・フェリーまたはロキシー・ミュージックというと後期のAOR路線が人気あるみたいだし、「ダンディ」なんて形容がよくなされたもんだけど、ワシは初期の変態っぽい路線が好きだな。なんつうか、ビミョーな勘違いを見て「このおっさん、またフザケたことやってるな〜」と楽しむもんだと思う。ロキシー・ミュージックの偉いところは、ほぼ全員ど素人のくせにバンドを結成しビッグ・ネームになったことだろな。なんつーか、モノリスに触れたサルみたいなもんじゃないかと。ロキシーの前座を務めた加藤和彦にいわせると、お経みたいなフェリーの歌い方は、「コードチェンジがわかってなかったから」らしい。

比較するのにはあまりにも卑小であるけど、ワシが単に英語で小説読みたいと思い、サルみたいにわけもわからずひたすら読んでたら英検受かった例もアリ。人間、なんかのきっかけでなんとかなるもんだと思いますです。



ブライアン・イーノは当時フェリーと人気を2分していたとかでバンドを追い出されたらしいけど、「ローリー寺西」にしか見えないなあ・・・。
posted by デンスケ at 15:28| Comment(12) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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