2011年01月26日

短編は難しい

寒いですなあ・・・。ヨメハンが「豪快に」クシャミやら洟をかんでるウィルス濃度マックスのなか、なんとかいまだ風邪をひかずにいままで逃げ切ってますがいつ捕まるやら。しかもほとんど雨降らないので空気カラッカラ。なんか高砂で大規模な山火事があったみたいです。

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さて日曜日から"Let the Great World Spin"って小説を読んでます。1974、NYのWTCのツインタワーの間を綱渡りで渡った男がいる。小説自体はこのエピソードとは直接関係ないらしいのですが、この話が冒頭に置かれ、NYの人間群像を描いた短編をつなぐ役割をしてるらしいです。つまり連作短編集なわけ。

"A man on wire" Philippe Petit
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いうまでもなく、911で消滅しちゃったWTCが象徴的なモチーフとして用いられてる「ポスト911」小説(そんないいかたあるんか)のひとつです。ポール・オースターの"Brooklyn Follies"もそのなかに入るのかな。触発されたことはエッセイにかかれてるけど。

で、2つほど連作短編を読んだんだけど、最初は比較的長めで分かりやすかった。アイルランドからNYにわたり、娼婦がたむろする貧民街で信仰と恋愛のはざまに苦しむ牧師を描いてる。2つめが難しかった。

豊かな暮らしを送っている主人公の主婦は、一人っ子をヴェトナムで失った。子供を失った母親たちのコミュみたいなのに入ってるけど、他のメンバーは貧しい暮らし。持ち回りで集会を各自の家で行っているが、自分の家で開催されることになったときの他のメンバーへの(階層が違うことの)不安感、そして連帯感に揺れ動く感情が延々と描かれてる。

と書いたけど、はっきりいって「こうじゃないかな」という推測です。だってなんの目的で主婦たちが集まってるか最初は説明されない。服装をどうしようとか、プロジェクトのアパートメントに行って話するところから始まる。主人公はYale大に行ってた描写があるので、明らかに社会階層が異なるようであるけど、なんで、んなとこで話してるのかも説明されない。描写は基本的に現在形で、息子にまつわるところ(後から説明される)は過去形なのでようやく時系列が異なることに気がついた。

ひとつめは面白かったけど、この主婦の話はビミョー。短編は、いってみれば写真を見ながら、その写真から読み取れる背景や事情を推測する作業に近い。その点、長編は映画を見てるような感じでストーリーに乗れさえすればあとは楽なもんである。

PBに挑戦するひとで長いのは読めそうもないから、短いのから、、、という発想はもっともだけどストーリーの流れがないので基本的に短編は難しいと思う。小説好きで読み巧者であればともかく、学習目的ならそこそこの長さがある(300pくらい?PBの長編ってだいたいこんなもんである。)ほうがエエと思う。それとミステリ系統ね。基本的に事件の謎を追うというところにストーリーが収斂していくから、焦点を絞って読めるからである。

児童文学とかも同様な理由で、特に男性にはシンドイんじゃないかと。ルイスの「ライオンと魔女」を子供のとき読んだが、「あんでこのライオン、んなに偉そうにしてるんだよう」とまったく訳ワカランかった。大人になって100円で売ってたので読み返したけど、これはキリスト教のメタファかとようやく気がついたのであります。なんで「ナルニア」は非キリスト教圏の日本でもウケたんかいな?謎だ。

まあごちゃごちゃ書いたけど、例えば新幹線のなかでちょっと暇つぶしに読むっていえば、やはり西村京太郎やら山村美沙(例えが古いか?ワシは国内ミステリはまったく読まないのでよくわからないのだ)のほうが選好順位は高いんじゃないかな。文芸作品の格調ある薫り高い文章ってものいいけど、たくさん読んで慣れないとどこが格調高いのかすらワカラン気もする。(よくTIMEが「格調高い」といわれるけど、ワシはどこが格調高いのか読解力がなくよくわからない。難しい単語が多いのはわかるけど。)

でもPB読むってのは、要をいえば本を読むってことですから、やはり本好きってことが英語力に関わらず必要条件ではないかと思う。英語力は十分条件ね。各自の好みを考えるのが重要ですね〜。
posted by デンスケ at 07:45| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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