2010年12月23日

クリスマスですな〜

世間はクリスマスだけど、親なし子なし親戚なしの我が家ははなはだ季節感を欠いていて別に何をするとかいうでもない。25日に安くなったクリスマスケーキを買うくらいなモンであります。ことしはなんだかバタークリームのケーキが食べたくなって、確か不二家はまだバタークリームケーキを扱っていたなとHPを見てみたらもうとっくに予約が終わっていた。残念。

子供の頃は、町内会やらが公民館で「クリスマス会」ってのをやってて、色紙をチェーンにしたのやら、万国旗を飾り付けてたりして。なんで万国旗。でお菓子は銀紙にくるまれたチョコビスケットね。金色のも少しあったり。で、金色のが取り合いになる。ワシは「んなもん、中身一緒やろ」と、争奪戦には加わらなかった醒めたガキでありました。ぞんざいに銀紙を剥くと、残ってたりして噛んだらジーンと歯が痛いのなんのって。貧乏くさい話である。小学校の講堂で「映画鑑賞会」があって、ずいぶん怪獣映画を見たモンである。いまはさすがにそんなのないわな。

ワシがガキの頃の「クリスマス」つうのは大人はバーやキャバレーで三角帽を被りコメットを鳴らして馬鹿騒ぎするという風習があったらしい。1960年の東宝特撮映画「妖星ゴラス」の冒頭でそういうシーンがあるので昭和風俗史に興味のある方はDVD借りてみられたい。

ケーキがバタークリームから生クリームへ進化(?)したころから、ずいぶんマトモになってきたような。大学はいちおうキリスト教系なんだけど、特に宗教ががったとこは少なくて宗教学が必修であったくらいです。なんといっても大学の敷地は隣の相国寺の所有だもんな。なかなか寛容な話で日本の宗教事情を示す逸話といえるでしょう。こんな面白い話もネットで見つけてううむ、と。

このごろはそこらじゅうで盛大に飾り付けたクリスマスツリーを見かけますが、ワシの生まれ育った町で「クリスマスツリー」というと阪急夙川駅前のツリーでしょうな。昭和23年からというから長い歴史だ。このへんに住んでたアメリカ人が始めたんだけど、帰国に際して近所の花屋さんに5ドルを託して「ワタシガイナクナッテモ、ツヅケテクダサイ」ってことでそれからも毎年送金があったらしい。ところが日本のインフレを考慮していなかったのか送金額がずっと一緒で、一時期存亡の危機にあったらしいが地元住民の協力でいまも続いている。近年はイルミネーションもはなやかになってるみたいです。点灯式なんてのもあるみたい。

昨年のホワイトハウスのツリー点灯式。


しかし紹介のおっちゃんもわかりやすい英語やな。みんなこれくらいでしゃべれっ、ちゅうねん。

さて、長いことしまいこんでるソプラノサックスでも引っ張り出して"White Christmas"でも吹くかな。これは簡単だし、曲調がなかなかソプラノの音質とあったかんじでワシの下手くそさをさしひいてもエエ感じです。しかしリードが家にあるかな・・・。
posted by デンスケ at 08:24| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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