2010年10月15日

翻訳に挑戦(したいの〜)

ワシはDailyYomiuriを取ってるのだけど、毎週木曜日に翻訳コンテストをやっている。

英→日、日→英が週代わりで出題される。昨日(14日)は英→日だったから、21日は日→英。
日→英はワシの実力ではとてもムリ、英→日は5~6回応募したことがある。2回目で佳作に入賞、500円の図書券を貰ったな。もっともワシの翻訳が良かったのではなくて、どうもご新規さんは優遇される傾向があるみたいである。ゆうても新規参入者なんて限られてるだろし。というわけで応募したことのない人は木曜日はDailyYomiuriを買いにいけば図書券を高い確率でゲットできると思う。

この英文和訳翻訳をやってみるとわかるけど、作業の9割がたは日本語の検討である。記事自体は5分もあれば充分に辞書引いて意味を取ることは可能だろう。しかしこれを普通に読める日本語にするのはかなり骨が折れる。昨日の課題の一部(やったら構わんヤロ)。2010年のノーベル文学賞、ヴァルガス・リョサに関する記事。

"A leading member of a generation of writers behind the resurgence in Latin American literature in the 1960s, Vargas Llosa was a champion of the left in his youth and later evolved into an outspoken conservative, a shift that infuriated much of Latin America's leftist intellentsia"

ワシの訳:
「1960年代のラテンアメリカ文学再興期の作家世代のなかでその筆頭格のヴァルガス・リョサ氏は、若き日にあっては左翼活動の闘士でありながら、その後積極的な保守主義者となり、この転向はラテンアメリカの多くの左派知識人の怒りを招いた」

かなり考えたのだけど、 これだけ長い一文って日本語では無理があるな。「でありながら」は「であった。しかしながら、〜」で文章をいったん切りたい。こういうのって翻訳で許されるのかな。ワシの感覚ではそうしたいのだけど、それがいい訳かどうかはまったく別ですな。

かんがえてみれば、まともに日本語の作法を勉強してないもんな。長い文章は途中で切って「ちょっと鈍くする。それは森鴎外のスタイルであり、正しい日本語」といってたのは三島由紀夫だった。秋山駿とのインタビューだったか。確かにどんどん長くなる傾向の英文は日本語のスタイルではないだろう。

でもどうやったらいいのかわからないので、「翻訳入門」みたいな本を探しにいったのだけどピンとくる本がなかった。文芸翻訳はどうだとか技術翻訳はどうだとかちょっと走りすぎ。こういうのって習いにいかなくちゃダメなんだろうか。もっと基本的な考え方の本を読んでみたいのだけど・・・。

いい本をご存知の方は教えて欲しいです。

さて、2回目の図書券ゲットなるか。ムリでしょうね(笑)。
posted by デンスケ at 21:04| Comment(6) | えいごのべんきょう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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