2010年10月05日

おばちゃんベースプレイヤー

「エルヴィスから始まった」という片岡義男の名著(旧題は「ぼくはプレスリーが大好き」でこっちのほうが格好いいと思う)があって、60年代終わり〜70年代初めごろの音楽シーンの状況をよく知ることができる。そのなかに、「現代の若者にとって音楽は非常に重要だ」byエリック・クラプトン という言葉とかに中学生だったワシはシビレていたものです。いまでもシビレてるかも。もう老人に近いけどな。

洋楽好きが英語苦手だったガキをなんとか大学にもぐりこむことに成功させ、いまだに英語をあきもせずやらしてるのだから、ホンマ偉いもんである。ワシが偉いのではなくて、洋楽が偉いのだ。音楽に興味なかったら、どうなってたろう?

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さて、ワシがはじめて聴いた「ロックバンド」はモンキーズだ。あのモンキーズ。リアルタイムでTVで見てたのだ。EP盤なんか持ってた。小学校3年生くらい。モンキーズはワシが本格的に洋楽を聴き始めたころには「ニセモノ」として指弾されていて、なぜかつうとまともに演奏できない素人をかき集めて影武者に演奏させてたことが明らかになっていたからだ。なんつうかメジャーメディアにおけるプロレスみたいな扱いを受けてた。なんせ、ロックは愛と自由と解放の象徴(笑)だから、当時の「ロックファン」がカーペンターズなんか聴くのはタブーであった。いろいろムズカシイお作法があったのだ。

しかしまあ、いわゆるロックバンド、特に西海岸系のバンドは影武者だらけだったらしい。バーズなんかデビュー当時スタジオで演奏を許されたのはギターのロジャー・マギンだけだったらしいし、ビーチボーイズなんかはブライアン・ウィルソンが積極的にスタジオ・ミュージシャンを起用して、メンバーはコーラスだけ、ちゅう感じ。日本にエレキブームを巻き起こしたベンチャーズもレコーディングバンドとしては、はたして実態があったのかなんつう論議もあるらしい。

なんでそんなことになったかっつうと、やはりハリウッドの存在が大きいらしい。映画音楽を作るためにたくさんのミュージシャンがいて、その多くが白人。テクニックがあり楽譜が読め楽理にも強いから、初見で演奏可能だったわけですね。映画とジャズが全盛だった50年代から、どちらも下火になってきた60年代にロックという新しいフィールドに流れ込んできたというワケらしいです。となると60年代中期からのロック興隆も必然性があったんだな〜と思わざるを得ない。このへんのとこ、アメリカ文化に興味のあるワシとしては非常に美味しい分野であります。

モータウンといえばデトロイトの黒人音楽、しかも黒人によって運営されてるというのがウリだったのだけど実はかなりの部分がロサンゼルスに下請けに出されてたらしい。

carolkaye1.jpg

で、そういう腕利きのミュージシャンのなかでもいちばんにお声がかかる"First Call"だったのがWrecking Crewという一群。彼らは50年代からプロとしてやってきて、「若者の音楽」であるロックの「顔」にはいささか年齢を重ねすぎていたのだろう。で、その中でも異彩を放ってたのがベースのFirst CallだったCarol Kaye。女性だけど、ぶっといグルーヴだ。もともとギタリストだったらしいけど(リッチーヴァレンスの「ラ・バンバ」のギターは彼女)、ベースにたまたま欠員ができたから、うんじゃあワタシがやるわというのでやったらギター以上に評判がよかったというわけ。

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インタビューを聞くと、やはりジャズで育った人だなという印象が強い。もともとビバップ(ハイスクールではない)やってたのでアドリブはお手のもんだろう。ジャコパストリアスやスタンリークラークに言及してますね。ウォーキングベースとアドリブについて講義してくれてます。


影武者とはいえ、売れっ子だったのでメチャクチャ稼ぎがよかったとか。wikiに、「一年の稼ぎは大統領より多かった」なんて書いてあった。臨月でもスタジオに入っていて、他にもコーラスとかに出産直前の女性が二人いて、スタジオで出産なんてなったらどうしようとディレクターはヒヤヒヤものだったこともあるらしい。

自分が胸をときめかせていた音楽がこういうひとたちが作ってたのか〜と思うと、感慨深いものがありますね〜。(ワシだけか)
キャロル・ケイとジョー・パスのソウルフルな一曲。
posted by デンスケ at 16:26| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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