2010年08月11日

クジラとイルカと"Never Let Me Go"

"The Cove"見に行きたいな、と思いつつ関西では一館公開でおまけに大人気、っつうわけでいまだに果たせていない。ヨメハンに一緒にいこかと誘ったけど、「え〜暗そうやし、ええわ。」確かに。

なんだかんだいって大部分の日本人に不可解なのは、「なんでクジラやイルカはんなに大事なん?」というところに集約されると思う。クジラはともかく、和歌山でイルカの肉がスーパーで売られてるってのは10年以上前に聞いて、正直引いた。別に倫理的なものじゃなくて、「んなもん美味いんかいな?」ってとこですが。

イヌネコが食用にならないのは、ペットであるという以前に食肉目はマズイってことを経験則で知ってるからだろうな。クマやらトド肉が商用ベースに乗らないのはそういうことだろう。飢饉に陥れば、街中の犬猫がいなくなったってのはそれこそ枚挙に暇がないほどあるでしょうね。ついこないだも漂流したアメリカ人がイルカ肉食って生き延びたつうニュースやってたし。

なんで彼らはそんなにクジラやイルカを特別視するのか。そら絶滅の淵にあるのなら保護するには当然だわな。しかしマイルカなんぞフツーにいるみたいである。どうも「非常に利口な動物で、コミニュケーションの方法を持ってるから」と(ネットで調べる限り)いうことらしい。これはワシの推定だけど、"soul"を持ってるからということではないかな。キリスト教的考えではsoulは神により与えられるものであるらしい。

中世、犬にsoulはあるのか?という命題があって、大真面目に引き裂いてみてその苦痛を観察し検討する、なんてことをヨーロッパでやっていたとか。なんじゃそら、あるに決まってるヤロ、アホかいなというという論理は神の祝福を信ずる連中には通用しないのだ。「仏作って魂入れず」というアミニズム的感覚はおよそ相容れないものなんだろう。

イルカやクジラは(人間と同様に)神に祝福された存在であって、これを組織的に、意図的に殺すというのは殺人と同じ。だからこそ、「アウシュビッツと同等」などというおよそ理解しがたい論理に到るのではないか。

never_let_me_go.jpg

Kazuo Ishiguroの"Never Let Me Go"を読んだとき感じた妙な違和感はこれの裏返しではないかと思う。この作品を上のような考えをする連中に読ませたらどんな感想が返ってくるのか。以下、作品のネタばれなので。

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posted by デンスケ at 21:35| Comment(4) | ワシのくだらん雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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