2010年05月24日

ザ・レスラー

プロレスラーのラッシャー木村さんが亡くなられたみたいだ。合掌。
プロレスに興味がないひとにはなんの感慨も湧かないだろうけど。

ワシはガキの頃、怪獣博士になる夢をあきらめてからプロレスに興味を
抱いた。折しも猪木が日本プロレスに復帰したころだ。家でプロレスを
見ていると父親がイヤな顔するので、近所の電気屋(プロレスファン)
に行って見てた。小学生のクセにアメリカプロレスの歴史を自分で調べ
て、電気屋のオッチャンに講義していた。えらいでしょう。

さすがに中学生になる頃にはプロレスの「仕組み」に気が付いてさっぱ
り見なくなってたけど、なにかしら郷愁みたいなものを感じていた。
大学生の頃はプロレス(というか猪木)ブームで、それなりに面白く
見ていた。もっともそれは、例えば水戸黄門を見ていて笑うような一種
スノビッシュな見方で、自分でもなんか居心地の悪さを感じていた。

去年、英検1次の前の日にヨメハン連れてミッキー・ローク主演の話題
の映画、"The Wrestler"を見に行った。良かったです。もう動かなくな
った自分の身体をなんとか騙しながら戦い続ける老レスラー。



むかし、ブルート・バーナードという怪奇派レスラーがいてウォウォーと
叫びながら入場してきて、馬場や猪木にやっつけられてた。そういうのに
快哉を叫んでいたガキだったんだけど、このバーナードというレスラー
はとても心やさしくて、移動のバスの中徹夜で運転するバスの運転手に
付き合ってずうっと話してたり、雑誌で見た飢餓に苦しむビアフラの子
供の写真を見て「可哀想だ」と人目もはばからず泣いていたとか。

で、このレスラーは(高齢のため)動かなくなった足や腕を罵り、最後
は頭に銃弾を撃ち込んで自殺しちゃったんである。「ザ・レスラー」を
見ながらそんなことを思い出してた。

プロレスはある意味アメリカのコマーシャリズムを代表した部分があっ
て、知れば知るほど面白いところがある。ルー・テーズの自伝の原書、
"The Hooker"を読みたいのだけれど、amazonで調べたらとんでもない
高値が付いていて断念した。("The Hooker"とはなんとも象徴的な題)

ラッシャー木村も乱入したジャイアント馬場の試合でマイク・パフォー
マンスを律儀に「こんばんわ、ラッシャー木村です」から始めて失笑を
買い(本人はちゃんと挨拶してるのにと不機嫌だったらしい)、それが
逆に売り物になったんだよな〜、兄貴。またTVで見られる日を楽しみに
してたんだよこのヤロー。70歳前なんて早すぎるんだよこのヤロー(涙)。
posted by デンスケ at 21:12| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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