2010年04月30日

万国博覧会

明日から上海万博ですね〜。といっても行けるわけでなし、どんなもの
なのかTVで見るだけですが。

ワシは年寄りの関西人なので、いまから40年前の大阪万博はハッキリ
憶えている。小学校6年生でした。親に連れられて行ったし、学校から
も行った。オカンがお祭り広場での琴の大演奏会に出場したので、それ
も見に行った。アホみたいに人数いるので、ロクに弾けなかったウチの
オカンでも出られたのだ。

で、着物姿でウロウロしてたら「アベベに声をかけられた」と嬉しそう
にいってた。なんで世界的ヒーロー(当時)がそんなところにいたのか
不思議に思っていると、アフリカのパビリオンでアベベに似たアフリカ
人に「一緒に写真とってくれ」というだけの話でした。要はアフリカ人
の代名詞として「アベベ」といってただけで、この大雑把さは自分に
色濃く遺伝してる気がする。いまでもその写真残ってるの。

まあパビリオンはガキんちょには面白かった。大人はどうだったんでしょう。
よく憶えているのが、やたら外国人がいたことだ。これが中学校からの
団体なら、「先生、ガイジンさんと話してや〜」とか英語教師はいわれ
そうなところだ。

みうらじゅんが大阪万博のことを本に書いてるけど、氏は1つ年上で、
中学生だったからだいぶ自分とは印象が違うと思う。こういう画期で
小学生か中学生かってのはずいぶん差があるような気がするな〜。

いまの万博公園はだっだぴろい何もない芝生で、ああいうデカイ何も
ない空間は貴重なのでけっこう気に入ってる。

19世紀末のパリ万博はエッフェル塔とヨーロッパにジャポニズムを残し
後のウィーン分離派ほか(クリムトとか)に多大な影響を与えるのだけ
ど、上海万博は何を残すのでしょうね。

posted by デンスケ at 07:39| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

ゆとり教育

ここんとこ残業続きで少し帰るのが遅いのだけど、夜の9時を過ぎても
塾帰りの小中学生、多いですね〜。阪急の西宮北口とか有名な進学塾が
多くて前から目立ってたけど、ワシの近所の小さな駅前にもできた。

週休2日制の定着やカリキュラムの容量が少なくなったため学校教育の
ボリューム減少→プライベート学習の繁栄、つうわけらしいが、夜の
遅くまで勉強してる子供は大変だの。

そのわりに大学全入時代を迎えて、入学生の学力低下が憂慮されてる
とはどういうこっちゃい。学校の指導要領がゆとり化して(また反動で
逆方向に動くらしいけど)るというが、ワシの学校時代なんて、国語の
教科書の作家の写真にラクガキしたりとか、授業時間が長くて長くて
ひたすら退屈だったことしか憶えてないな。

ワシは小学校のときは学童保育代わりに塾に放り込まれてたけど、
中高は塾に行くわけでもなく、夜はレコード聴いたりラジオ聞いてたり
してた。まあ、ノンビリしてたな。もっともワシらの世代は詰め込み
教育の絶頂期だったらしいけど。そのわりには詰め物がえらく少ない
という気はしないでもないが。

友人に子供の教育に熱心なパパがいて、自分で毎日勉強を教えてる奴
がいた。「そんなんよう教えられるな〜」と感心してたら、「俺等が
習った教科書に比べたらいまのはペラペラやで〜」とのこと。
確かに、ヨメハンが英語教えて欲しいというので中学校の教科書を買い
に行ったら、なんかトラベル英会話みたいなのでどうやって教えていい
のやら途方にくれたことがある。(その後ヨメハンはすぐにあきた。)

ガキんちょなんぞ" I have a pen." "Do you have any cheese ? "を
お経みたいにひたすら繰り返してりゃいいと思うのだが。気の利いた
セリフなんぞ百年早いわ。そのわりに中学教科書の音読を社会人に
なってやってるってのはどうなんかいな。

いま、Grammar in Useをせっせとやってるんだけど、こりゃひたすら
ドリルの繰り返し。英語を喋るようになるには、こういう単純だけど
簡単な例文をひたすらドリルすることだと、英会話が不自由なワシは
思うのだけどな〜。

まあそれはともかく、悪い頭のサビを落とすためちょこっと中学・高校
の数学をやり直してみようかと思ってるのだけれど、数検って難しい
のかな?求む情報。
posted by デンスケ at 07:08| Comment(14) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月27日

ジョニ・ミッチェル、ボブ・ディランをこきおろす

またまたおっさん懐メロ洋楽ネタ。変わり映えがしないけれど、ワシの
英語に対する興味は九割方音楽とPB小説に占められてるから、この流れ
も致し方なしか。

Los Angels Times にJoni Mitchellへのインタビューが掲載された。
抜粋はここで読める。

で、内容なんだが、むちゃくちゃいってる・・。

"Bob is not authentic at all. He's a plagiarist, and his name
and voice are fake. Everything about Bob is a deception."

Yet Mitchell still had time to slag off Grace Slick and Janis
Joplin (allegedly they were "[sleeping with] their whole bands
and falling down drunk"), and Madonna. Railing against
the "stupid, destructive" era we live in, Mitchell took aim at
the Material Girl. "Americans have decided to be stupid and
shallow since 1980. Madonna is like Nero; she marks the turning
point."

英語がワカランと数少ないブログ読者であるkaiさんから意見があった
ので、Google翻訳をしてみる。(自分で訳すのは邪魔くさい。)

「しかし、ミッチェルはまだ時間がグレーススリックとジャニスをオフ
にスラグていたジョプリンは(容疑者は"された彼らの全バンド]と
[睡眠と立ち下がりダウン酔って")、およびマドンナ。手すりに対して
"愚かな、破壊的な"時代は私たちが住んでいる、ミッチェルは、を狙っ
ていた材料ガール。 "アメリカ人は愚かなことを決定しました1980年
以来浅い。マドンナは、Neroのような、彼女は旋回マークをポイントします。"

シ、シュールだ。日本語になってないのは仕方ないとしても、なんで
こんな簡単な英文をワケ分からなくできるのか。このていたらくでは、
ちょこっと英語が得意ってことはまだまだ有用性があるのかもしれぬ。
で、kaiさん、英語勉強しましょ。楽しいですよ。

さて、Joni Mitchellが音楽シーンに登場してきた頃のノンフィクション。

hotelcalifornia.jpg

この本を読んでると、いかにポップ・ミュージックがsexとdrugに満ち
溢れてたのかよくわかる。健全なイメージのウェスト・コーストロック
ですらこうなのだから、ニューヨークシーンなんか想像するに怖ろしい。
まああんまり変わらないかもしれないんだけど。

健全なイメージ代表のMamas&Papasも「毎晩乱交パーティで何が何やら
わからなかった」らしいし、ママ・キャスはヘロインに溺れていたとか。
そういうのを知ると、「夢のカリフォルニア」はやはり夢だったのかの。
でまあ、60年代ドリームにトドメを刺した「オルタモントの悲劇」動画。

posted by デンスケ at 08:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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